澄みきった青空に抱かれた公園に、たおやかな風が吹いていた。

冷たいが、とても優しい風の中、みなもは憧れの先輩と肩を並べて歩いていた。

今日はみなもにとって特別な日だった。今までずっとずっと夢見ていたことが現実になったのだから。

「智也さん、今日は付き合ってくれてありがとうございます」

「ううん、こっちこそスケッチできる場所をうまく案内できなくてごめん」

智也と呼ばれた少年は申し訳なさそうに謝った。

さっき案内した商店街のことを気にしているのだ。

「そんなことないです。絵が描けなかったのは私が悪いんです]

「それに…私は智也さんとこうして歩いているだけでとても嬉しいです」

みなもはそう言うと、顔を真っ赤にさせた。そう、ただこうしているだけで十分だった。

自分に残された時間は少ない。

消えかかるロウソクの炎のような時のなかで、好きな絵を描いたり、大切な人と思い出を作ったり…

炎がいつ消えても後悔しないように今を精一杯生きることが、みなもの強い願望だった。

「俺もみなもちゃんと一緒にいるだけで楽しいよ」

智也の顔に笑顔が戻る。

「そ、そうですか。嬉しいな…」

みなもも微笑む。

「それじゃあ、絵の描ける場所を探そうか」

「はい」

みなもは智也と一緒に公園をくまなく歩いた。

ちょうど銀杏の木に挟まれたベンチの前を通りかかった瞬間、みなもは足を止める。

「ここがいいですね」

みなもは智也が持っていた自分の画材とキャンパスを受け取ると、生き生きとした表情で絵を描く準備を始めた。

「智也さん、そこのベンチに座ってください」

「あ、ああ」

智也は言われるままベンチに座った。

「あ、もう少し右に寄ってください。うん、そこです。そのまま動かないでください」

みなもはすぐスケッチに取り掛かった。

右手に持ったペンが白いキャンパスの上で華麗に踊る。

モデルとなった智也は、舞い落ちる銀杏のシャワーを浴びながら、生きたまま石像と化した。

どれくらいたったのだろうか。ようやくみなもの手が止まり、それを見た智也がベンチから立ち上がろうとした瞬間、

「待って!まだ動かないでください」

みなもに制止された智也は訳の分からないまま、ふたたびベンチに腰掛けた。

みなもは智也のそばに近づき、じっと見つめる。

あんまり見つめるので、智也は恥ずかしくなって落ち着きを失った。

「もういいですよ」

みなもの言葉に智也の体中の力が一気に抜けた。

「いったい何をやってたんだ?」

「へへっ、私の心のキャンパスに智也さんを描いてたんですよ」

「心のキャンパス?」

「そう!心のキャンパスです!今日のことを忘れないために描いたんです!」

みなもが力強く言い放つ。

「そうか…じゃあ、俺も心のキャンパスにみなもちゃんを描こう」

と言って智也はみなもを見つめた。

「智也さん…そんなに見つめないでください。恥ずかしいです…」

「駄目だよ。よく見ないと、いい絵が描けなくなるから」

「もうっ、智也さんの意地悪」

怒ったような困ったような複雑な表情を見せる。

「よし、描き終わったぞ」

満足そうにうなずく。

「ちゃんとうまく描いてくれましたか?」

「もちろん。これは俺の最高傑作だよ。きっとモデルがいいおかげかな」

「フフッ、智也さんたらっ」

みなもは口元に手を当てながら笑った。

「みなもちゃん、そろそろ帰ろうか」

「はい」

智也とみなもは暗くなりはじめた公園を後にした。

「智也さん、見て。一番星が出てる」

「本当だ。もう日が暮れるなんて、時間の経つのは早いな」

智也はみなもが指さした空を見上げた。

「本当にそうですね…きゃあ!」

突然、みなもが小さな悲鳴をあげ、倒れそうになった。

空に気をとられるあまり、小石につまずいてしまったのだ。

「危ない!」

智也はとっさにみなもの華奢な体を自分のほうに引き寄せた。

「大丈夫か?みなもちゃん」

「はい…」

智也の胸の中でみなもは小さくうなずいた。

「あの…智也さん…その…もう少しこのままでいいですか…」

「…ああ」

智也はそっとみなもを抱きしめた。

(神様、もし許されるのなら、一秒でも長く智也さんのそばにいさせてください)

(私は…みなもは心のキャンパスが全部埋まるまで智也さんといたいです!)

みなもの瞳から一筋の涙が流れた。